うるし・ウルシ・漆・Urushi!
「漆(うるし)」と聞いて、どんなことやものを思い浮かべますか?
お椀やお重箱など漆塗りの器(=漆器)をイメージする方も多いかもしれませんね。また、「なんとなく日本に古くからある感じのもの」といった認識の方、「かぶれてしまう植物じゃなかったっけ…?」と思う方、さまざまな方がいらっしゃるのではないでしょうか。
実は、「漆」は非常に優れた性質を持つ素材。Oitoでもさまざまな素材を試す中で漆の素晴らしさに辿り着き、漆を使ったブーツ「Urushi Boots(うるしぶーつ)」を開発しました。
そこで今回は、日本で古くから活用され、愛され続けてきた「漆(うるし/ウルシ/Urushi)」について、その歴史や魅力などをご紹介していきたいと思います。
<目次>
「漆」と「ウルシ」
製品などのモノとなって私たちの生活に溶け込んでいる「漆」。この「漆」は、「ウルシ」の木から採取した樹液のことを指し、天然の樹脂塗料や接着剤として古くから利用されています。日本においては、今から1万年以上前の縄文時代から使われていたとされ、日本人の暮らしや文明・文化の発展に大きな役割を果たしてきました。
ここではまず、「漆」の原料となる「ウルシ」について見ていきたいと思います。
「ウルシ」ってどんな植物?
ウルシ科ウルシ属の「ウルシ」は、樹高が数メートル~十数メートルほどにもなる灰白色の樹皮をした葉樹。初夏には黄緑色の小さな花をつけ、秋には紅葉します。また、ウルシには雄株と雌株があり、受粉すると小さな実を葡萄の房状につけるのも特徴です。
主成分は「ウルシオール」であり、高品質な漆ほどウルシオール成分を多く含むとされます。このウルシオールが化学反応することにより、耐水性や丈夫さ、美しい光沢、抗菌性などがもたらされますが、いっぽうで「うるしはかぶれる」といわれる要因はこの「ウルシオール」によるものであり、直接触れたり、場合によっては近くを通ったりするだけでアレルギー反応が出てしまうことがあります。そのため、山などを歩く際には安易に近づかないことが重要です。
「ウルシ」の原産地って?
ウルシの木は、アジア原産といわれており、日本や中国、朝鮮半島などで古くから栽培されています。日本でも全国各地で見られるものでしたが、現在では岩手県や茨城などの一部地域で栽培・採取が続けられています。特に岩手県二戸市浄法寺町のウルシから採れる漆は「浄法寺漆」と呼ばれ、国産漆の約7割を占める一大ブランドとなっています。しかし、現在日本国内に流通している漆の95%が中国など他国からの輸入品であり、「国産漆の約7割」といっても、そのわずか5%のなかの7割というのが現状なのです。
このように「国産漆」の現状は厳しいものではありますが、2014年度に文化庁が国宝や重要文化財建造物の保存・修理において原則として国産漆を使用する旨の通知を出したことを背景に、少しずつではありますが生産量が増えているという喜ばしいニュースもあります(2015年前後では自給率が3%にも満たなかったもものが、2019年には5%ほどに回復/2020年・林野庁資料より)。
「ウルシ」の樹液ってどうやって採るの?
ウルシの木が生長したら、樹液の分泌が盛んになる6月頃に幹に傷をつけ、にじみ出てきた樹液(=漆)を採取します。この作業を「漆掻き(うるしかき)」と呼び、木の状態や天候をみながら10月頃まで繰り返します。
1本のウルシの木から採取できる漆の量は200gほどであり、樹齢が10~20年に達した木でないと漆が採取できないことを考えると、「漆」がいかに貴重であるかがわかるのではないでしょうか。
「漆」の“これまで”と“いま”
前項で植物としての「ウルシ」についてご紹介してきましたが、ここからはそのウルシを原料とした「漆」の歴史についてご紹介していきたいと思います。古代における「漆」との出会いから現代における活用法まで、時代に寄り添いながら愛されてきた「漆」の“これまで”と“いま”を時代ごとに見ていきましょう。
古代―縄文から平安時代まで
北海道・函館市にある縄文時代の遺跡から出土した、約9000年前の世界最古の漆の装飾品をはじめ、日本では多くの縄文時代の遺跡から漆を使用した食器や装身具、武器などが発見されています。また、福井県若狭町の鳥浜貝塚では約12000年前のものとされる世界最古のウルシの木片も見つかっており、日本における漆文化は縄文時代から盛んであったと推測されます。
さらに飛鳥時代や奈良時代に入ると仏具や仏像などが盛んに作られるようになり、漆は仏教美術には欠かせないものに。
藤原氏が栄華を極めた平安時代には、公家(貴族)文化ならではの華やかな名品も数多く生まれました。また、平安時代末期に建てられた「中尊寺金色堂」は、漆塗りをベースに金箔や蒔絵(漆で文様や図柄などを描き、漆が乾かないうちに金や銀などの金属粉を蒔いて付着させる装飾技法)、螺鈿(夜行貝や白蝶貝などの貝殻の内側、虹色光沢部分を切り出し、漆地などに埋め込む装飾技法)などが施された漆芸芸術の頂点ともいわれるものであり、その美しい姿を今に至るまで保ち続けています。
中世―鎌倉・室町時代
公家文化と武家文化の転換点ともいえる鎌倉時代には、漆の技術も発展しました。
貴族が用いるものはもちろん、僧侶たちが日常的に使う器物にも漆器が多く用いられるようになったのです。この頃、「根来塗り(ねごろぬり)」といわれる技法も確立。黒漆の上に朱漆を重ねたもので、使い続けることで表面の朱漆が摩耗して黒漆があらわれ、ふたつとない表情を楽しめると評判を呼びました。この「根来塗り」はもともと、和歌山県岩出市にある真義真言宗の総本山「根来寺」の僧侶たちが寺内で使うために作ったものであったといわれています。
また武家文化の発展とともに武士が使用する武具や馬の鞍のなどにも漆が使われるようになり、漆製品の需要は拡大。工程も分業化が進み、作業によって専門の職人も登場したのです。
さらに室町時代には南蛮貿易によって蒔絵の需要が高まり、蒔絵を施した調度品などが日本の特産品として海外の富裕層や権力者を中心に世界な人気を博しました。この頃には、ヨーロッパ風のモチーフや品物の製品なども海外からの求めに応じて多く作られたといいます(江戸時代になると、鎖国によって規模が縮小されることに)。
近世―江戸時代
安定の世となった江戸時代には、漆文化も大きく花開きました。日用品でありながら美術品の域にまで高められたものが多く生み出されるとともに、漆器が日本全国で作られるようになり、日本人の生活により根差したものへとなっていったのです。これは、江戸時代においてはウルシが全国で栽培されて(または自生して)おり、採集が可能だったこと、また各藩の産業として推奨されたことが要といえます。
この頃に生まれた「会津塗」や「輪島塗」、「津軽塗」、「春慶塗」などは現在まで使い続けられており、名前を聞いたことのあるという方も少なくないのではないでしょうか。
近代―明治・大正・昭和
幕末から明治期にかけては、国の威信を示す目的もあり海外向けの漆製品がふたたび作られるように。各国の万国博覧会などにも漆製品を出品し、高い評価を受けていたといいます。この頃の漆製品は海外の美術館にも多く所蔵されており、コレクター人気も高いものとなっています。
第二次世界大戦後、幕末から明治期にかけての非常に高度な技術は失われることとなりましたが、国は漆工家を人間国宝に指定したり、各地の特色ある漆器を伝統工芸品に指定したりするなどして漆工芸の復興を目指しました。
現代―平成・令和
日本人の生活様式の変化や時代の流れとともに、日常生活における漆器の登場頻度は大きく減少したといわざるを得ません。日常で使うもの、というよりは「伝統工芸品」や「贈答品」、「アート」として触れたり、認識されたりすることも多くなっているようです。
しかし、昨今では「暮らしを楽しむ」といった目線や「ていねいな暮らし」のムーブメント、「モダン×和」の人気などを受けて、漆製品の人気が静かに高まってきているようです。
「漆」の特徴と魅力
時代を追いながら「漆」の歴史をご紹介するなかで、日本人の生活や文化に「漆」がいかに深く関わってきたのかお伝えできたでしょうか?
最後に、なぜ「漆」がここまで愛され続け、使い続けられてきたのかについて、その代表的な性質から考えていきたいと思います。
受け継ぎ続けることができる「耐久性」
文化財にも多く使われていることからもわかるその耐久性は「1000年もつ」ともされ、「漆」は現代の化学塗料でも敵わないほど優秀な塗料だといわれています。実は、それには漆に含まれる成分が関係しているのをご存知でしょうか?ポイントは「ラッカーゼ」と呼ばれる漆に含まれる酵素。漆を乾燥させる際は温度が25℃前後・湿度70%前後という通常とは正反対の環境のなかで行うのですが、これは「ラッカーゼ」が空気中の水分を取り込むことで「ウルシオール」と酸化反応を引き起こし、液体から固体へと徐々に変化していくから。この硬化する過程で美しい光沢や透明感を増し、より丈夫なものへとなっていくのです。
また漆は劣化しにくく、硬度は高いのに柔軟性があるため、傷がつきにくいのも特徴です。加えて、抗菌性や防腐性、防虫性にも優れていることから、より長く使うことが出来るのです。
そして、使い続けるうちに漆が摩耗してきたら塗り直すことも可能。適度に手を入れながら、使い続けることでより丈夫に、美しくなっていく。そして、親から子、そして孫へと、数世代で使い続けることもができるのも漆の魅力だといえます。
歴史の中で証明されてきた「耐水性」
漆は一度降硬化すると溶けることがないため、耐水性にも非常に優れています。それは、長い歴史の中で汁椀などとして使われてきたことからも明らか。ただし、長時間のつけ置きや、「熱湯からの冷水」のような急激な温度変化などは、劣化を招く原因ともなるので注意が必要です。
天然由来の「耐薬品性」
漆は天然素材でありながら酸性やアルカリ性、塩分、アルコール分などに対する耐性が高く、さまざまなものに活用できるオールマイティーさを持っています。古くから活用されてきたものではありますが、まだ多くの可能性を秘めた素材だともいえるのです。
ここでは代表的なものを選んでご紹介しましたが、「漆」には優れた特性がまだまだたくさんあります。ぜひ、ご自身の手で確かめてみてください。
おわりに
その耐久性や使いやすさ、美しさなどにより、日常使いのお椀からハレの日のお重、工芸品や調度品、また、各時代を代表する建築物や仏具・仏像、美術工芸品などにまで幅広く用いられ、現在に至るまで日本と日本人の生活や文化の一翼を担ってきた「漆」という存在。
現代の生活では、すこし距離があるように感じられがちですが、実は日本人の暮らしに深く根差していた身近なもの。
あなたも「漆」のある生活をはじめてみませんか?きっと新鮮な驚きや知らなかった快適性などを見つけられるはずです。